kanibalize

ブログを書く傍ら、田舎でのんびりコンビニ店員してます。

ガラケーおばさんとの思い出【作成中】

このところガラケーおばさんが世間を騒がせていましたね。

 

「ガラケーおばさん」というパワーワードにクスッとしていたのですが、ふと思い出したんです。

 

それは私が高校生の頃の話

 

友人に誘われ漬物屋さんでアルバイトをすることになった私。

 

お客さんから注文を受けて、キムチを量って売る仕事でした。

100g300円とかそれくらいだったと思います。

 

1日5時間くらい店番して、その間2回売れればいい方で全く売れないことの方が多かったです。

 

高校生ながらに私はずっと考えていました。

「私の時給分すら売れてないけど大丈夫なのかな?」

 

不安は的中。

働き始めて数か月で、そのお漬物屋さんは潰れました。

スーパーのテナントなので撤退という方が正しいかな?私が倒産させたわけではありません。

 

路頭に迷うところだったのですが、目の前のお総菜屋さんが私を拾ってくれました。

 

お漬物を量って売り、閉店前にお漬物を片づけて容器を洗うだけの簡単なお仕事だったのに比べお総菜屋さんはとてもアクティブな仕事でした。

 

多種多様な揚げ物をじゃんじゃん揚げて容器に盛り付けて売場に並べます。その時必ず声掛けをするんですね。

「あぶり焼きチキン揚げたてですよー!いかがっすかー!」

ってな具合に。

 

それまで黙ってお漬物に囲まれて突っ立っているだけだった私には少しハードルが高かったのですが、しだいに慣れていつの間にかノリノリでやっていました。

 

閉店が近づくとお総菜コーナー恒例の「値引き」があるんです。

 

お客さんに一人だけめちゃくちゃタイプのお姉さんがいまして、その人が揚げ物を注文する時はいつもあり得ないくらい安く提供していました。

 

でも多分私の気持ちには気づいてもらえていなかったと思います。

暗算ができないバカな子だと思われていたはずです。

ちなみにこの人はガラケーおばさんではありません。

 

アクティブだと感じたのは他にもお寿司を作ったり、フライヤー清掃、グリストラップの清掃なんかもやっていたからです。

 

揚げ物の量が尋常じゃないのでグリストラップの汚れ方はカオスです。しかもセブンイレブンとは比べ物にならないくらい大きいんです。

私は一度そのグリストラップの中に落ちたことがあります。もう臭くて最悪でしたよ。

 

雨の日に自転車で通勤中、盛大に転倒して車に轢かれそうになった挙句ずぶ濡れになりそのまま仕事をしたこともあります。頭にカラスの糞の直撃を受け糞まみれのまま出勤したこともあります。

 

バイトの先輩からは「金貸せ」って言われるし本当大変なバイトでした。

それでもネギトロが美味しかったり社員やバイトのおばちゃん達が可愛がってくれたので長く続けることができました。

 

社員にならないかとの誘いは断ってしまいましたが、社会人になってもお総菜屋さんのバイトは2か月くらい続けていました。

 

たしかそれくらいの時の話

 

土日の朝からラストまで働いていたのでお昼休みがあります。

売場に人がいないといけないので、お昼は二手に分かれてとっていました。

 

お昼ご飯はいつも4、5人のおばちゃんと一緒に食べていました。

ある意味全員女子なのでモテモテ気分です。

 

その中でも特に仲良くなったおばさんがいまして、よく覚えていませんが当時40代くらいだったかな?

 

帰りが同じ時間になると、そのおばさんの車の中で話をしたりしながら楽しく過ごしていました。 

外は真っ暗、車内で二人きりでしたが何も無かったですよ。

 

いや本当に。

それである日二人でカラオケに行くことになったんです。 

 

私は当時19歳くらいだったかな?

なのでお酒は飲めません。ガラケーおばさんはお酒を飲んでいました。

 

不思議なことに自分が歌った曲もガラケーおばさんが歌った曲もほとんど覚えていません。

 

自分が歌った曲で覚えているのは、サザンオールスターズの「TSUNAMI」だけです。

これは私の持ち歌ではなく当時の職場の先輩の持ち歌でした。

その先輩はとにかくこの曲で締めたがるんです。

 

「そろそろTSUNAMIだな」とか言うんです。誰も待ってないのに。

 

やたらと先輩面するのが好きで、飯に連れて行ってくれるんだけど奢ってくれない先輩でした。

カラオケに行くとお会計のタイミングでトイレに消えることも頻繁にありました。

 

「夜景スポットを教えてやる」と言ってドライブに連れて行ってくれた時は

「ガソリン代はいらない」といちいち自分から言う人でした。

 

ラーメンを食べに行ったときに

「タバコ食ってみろ、俺が言ってるんだからできるよな?」

と言って後輩の私たちにタバコを食べさせようとしました。

1年上の先輩は頑張って食べようとしていましたが、私は噛むのが精一杯でした。

 

そのあとラーメン屋の外で

「あそこから飛び降りろ、俺が言ってるんだからできるよな?」

と2階を指差して言います。

 

プライベートではこんな感じのしょうもない先輩でしたが、仕事はまったくできませんでした。

 

私が3年目でリーダーになった時、4年上のTSUNAMI先輩は相変わらず平社員のまま。

私の上司の前で私を呼び捨てにして、めちゃくちゃ怒られていたのは気の毒でした。

 

私は8年で退職することになり、後任は中途で入った優秀な後輩Yさんだとばかり思っていたのに会社というのはよくわからないもので、そのTSUNAMI先輩を私の後任にしたのです。

 

その後TSUNAMI先輩はすぐに胃潰瘍になってリーダー職を降り、結局優秀な後輩Yさんが引き継ぐことになるのです。

 

それから後の話はあまり長くなりますから、カットして手短にフィナーレにしてしまいましょう。

 

腕をつかむこともせず、キスもしていないのに彼女が歌った曲は中森明菜のDESIRE

 

当時10代だった私にはあの曲の魅力もあのおばさんの魅力もさっぱりわかりませんでした。 

 

ガラケーおばさんはその夜、飲みすぎたんです。

ベロンベロンに酔ってテーブルに突っ伏してしまいました。

 

酔った女性をどうしたらいいか当時の私はその術を持ち合わせていませんでした。彼女はトイレに行くと言って部屋を出ます。

 

カラオケで酔いつぶれた女性は「ホテルに連れて行って介抱する」と言うまで車から降りないということを知ったのはそれより後の話です。

ちなみにその時も私は目の前の料理に手を付けず女性を怒らせた前科があります。その女性には「続きは長野で」と言ったきり会っていません。あれが彼女にとって私の最後の言葉です。彼女との思い出話もいつかできたらと思います。

 

30分以上たってもガラケーおばさんがトイレから戻ってくることはありませんでした。

 

彼女のガラケーに連絡しても反応はありません。

 

私は彼女の分も料金を支払い一人お店を後にするのです。